昔3_ひきこもり夜の散歩

私は汁物があればご飯を何倍も食べられます。
教育熱心な親の教育の賜物でしょうが、これを知る者は少ない。
あたりまえだね。
今日は朝も昼もわかめ汁1杯と少しの白米で済ませた。
貧乏なのに白米を食べられる幸福には感謝しているけど
親は家族向きの料理はつくらない。
なので余りものが食料となる私は空腹に耐えることが非常に多い。
まさに非情。
昔は、小食であるからといって子供にもそれを押し付けていた。
昔3
貧乏であるからから小食を装っていたのではなく元々母は小食であった。
だからか育ち盛りの子供にも自分と同じ程度の量の食事をさせていた。
母は自分が満腹感を得るともちろん同等の食事量を食べている
子供たちはもっと満腹感を得ているだろうと思い込むふしがあったようである。
小学生になったばかりの子供でも分かったことだ。
食事をすますと母は「お腹いっぱいになったねー」と同意を促すかのように
笑顔で言うが姉と私は不満げな顔となる。
目ざとい母はそれを見るとものすごく怒る。
それでも姉は引かずお腹がすいたーと喚きだすとこのあとどう展開するか
分かっているので私は陰鬱した気分でいたことが多い。
姉は騒ぎ出すと母でさえも手をやく存在なので
矛先は黙っていた私にも向かう。
理由はなんでもいい。
姉が騒ぎ声をあげている横で母は場違いに私を怒る。
躾ではなく怒るのだ。
テストの点数が~宿題やれ~服にごはん粒がついている~
などなんでもいい。
なんでもいいから怒りたい心境だったのだろう。
外でパチンコや飲み屋で遊び帰ってくる父はその様子を見て
まず最初に私を怒る。無難な選択だ。
私が働きだす中学3年まで母は夫に対して貞淑な妻を演じようとしていたので
父にはあまり口を出さなかった。
理不尽に怒られると悔しい思いになり泣き出すとさらにひどくなるので
我慢するしかなかった。
姉は泣き叫びスッキリしたのかすぐ寝てしまい。
あとに残るのは不機嫌となった自分だけ。
しかし不機嫌であるという雰囲気をだすとまたつけこまれてしまうので
顔を見られないよう布団の中で唸りながら「はやく大人になりたい」と思うことになるのである。
この予定調和じみた寸劇はその後、何年もの間に何度も繰り返されることになるのでした。
ちゃんちゃん♪
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。