攻撃の終着点

精神状態が悪いのでこれ以上悪化させないために
悪化させるような行為をしてみようと思います。
矛盾のようで馬鹿みたいな行為ですが、これは引きこもりに
関する知識や関心がないけど生き方は気にくわず非難はするけど
解決策の提示も示唆しないで引きこもりは自堕落だと決め付ける――つまりは表面的善良な一般人――が
非難しづらい引きこもりが社会復帰するための正しいとされる1つの方法なのです。
簡単に言うとアルバイトをするということです。
精神科に通院するためにお金が必要なのでトラウマがあるアルバイトを
しなくてはならない。
うまくお金を稼げたとしても母親から見つからないように家を抜け出し
車で約2時間もかかる病院にたどり着くという問題もあるのですが。
アルバイトのトラウマ
どの職場・学校・家庭に居る攻撃の連鎖を留める人

押し付けられた生贄役の記憶が夢にまで侵入してきて
息苦しくなり気分が滅入ることがいまだにあります。
TVを見ているときもふとその時を思い出し、息がしにくくなり
ぜぇぜぇと呼吸が乱れることもしばしばあります。


生贄役
私は場の流れの塞き止役、不満を押し付けまた発散させることができる
人形・サンドバック的な役割を押し付けれてきました。
心理学的にどういうのかわかりませんがこのブログでは『生贄役』とし
て説明してきた役割のことです。
水が高い位置から低い位置に流れるように『攻撃』も社会的地位が高い
人から低い人へ向かいます。
店だとすれば店長からチーフへチーフから平社員へ
平社員からアルバイトへ
家庭では父から母へ母から長男へ長男から次男へ
(家庭内カーストを1父2母3長男4次男とした場合)
しかし平坦な場所でも水が溝に沿って流れるように
向かう方向があります。
目的の場所に水を向かわせるために故意に溝をつくりあげる人もいます。
そして水(攻撃)が流れ終わる場所に立つ人も。
立たされる人も。
場がつくりだす負の感情を一手に押し付ける相手が必要だというのは
集団行動をしたことがある人ならば誰でも理解しているはずです。
生活のためお金を稼がなければならない状況にあった(ある)人ならば
なおさら。デスクワークが主体の職場でもそのような立場の人間は居る
と、つくりだされているとと私は推測します。
そんな役割が必要だなんて初めて聞いた、そんなものはないと断言でき
る人は戦士階級、体育会系に属する鈍感な人かもしれません。
それか集団からはじかれても生きていける者。
例としてお金を稼ぐ必要がない富裕層の子弟かな。
なかにはとても現代人とは思えない人格者もいる可能性もあります。
生きるため、利益を生み出すために躍起になっている場所ほど必要とさ
れるのが叩かれ役です。
私が労働するのが怖いと思うようになったのはその役割を押し付けられ
てきたからにほかにありません・・・いや、私の運のせいでもあるかもしれません。
私の上司となる人は『その人のもとで1ヶ月続いたバイトはいない』
と周囲に名を悪い方面で覚えられている方や性格がえらく悪いが
会社幹部の子弟であるコネ入社社員なので誰も注意できないなど
『厄介者』の方たちに当たりやすいからです。
そのような方達は集団をまとめる手段として古来から続く古典的な
手段をとります。
場の調整のためにスケープゴートをつくりだす
馬鹿でもできる統制方法
集団をまとめあげ利益を得ることが至上命令された者が存在する
「職場」では社会通念上肯定できない行動も是とされてしまうのです。
場に緊張感を持たせ怠ける者がでにくい雰囲気にするために
非がない者へ怒鳴り散らす。
自分がこの場での最高位だと認めさせ歯向かう者を出さないだめに
過剰に執拗に攻め立てる。
自分に向かう不満の矛先を逸らすため身代わりを立てる。

対象となるのは何の後ろ盾もない社会的地位の低き者
肉体的に周囲より劣る者。
反抗できない状況、位置にある者です。
上記のような使い古されたがいまだに有効な統制方法を
とる集団の長・まとめ役は多いです。
簡単で馬鹿にもできるし怒鳴りつけ行動を抑制するのは
支配欲を満たせるからです。
「仕事中に部下を怒鳴りつけると仕事をバリバリしている
気になって超キモチィイ~」と感じる奴も実際いました。
場の流れを潤滑にするため、場の雰囲気を変えるために
一手に負の感情押し付ける者をつくりあげるという
間違った統制方法。
なにも集団の長だけが行使するだけではないのです。
同位の者達の間でも起こりえるのです。
攻撃欲求・支配欲を一手に引き受ける人がいなければ
場が治まらない歪な環境。
そのような環境では攻撃欲求・支配欲求がが行き着く人が必要なのです。まさに生贄。
捧げる側はなにか尊いことをしたかのように
自己陶酔にはいる。一生酔って溺れていろ。
どうにかしなければ
生贄役にされ続けてきたトラウマをどうにかするために
トラウマの元となるアルバイトという行為をしなくてはなりません。
人が人に優しくあればそれだけで潤滑に仕事ができるのに
必ず場を乱す者が現れるのはこの世の呪いです。

攻撃の終着点” に対して 7 件のコメントがあります

  1. キリル より:

    うん、すごい分かる。人を支配したい気持ちって全然理解できない。母親は私を支配できた時すごい嬉しそうな顔してたな。その割に自分の意見を貫いて行動する妹の方が好きだったりする。負の部分を満足させるために自分はいるのかなって思ってしまうわ。
    ああ、私もお金をかせがなくては・・

  2. アクア より:

    私も生贄役でした。水の例えよく分かります。
    私は末っ子でした。
    実話だと思います。家庭でも学校でも社会でも。

  3. hikihiki より:

    キリルさん訪問ありがとうございます。自家製のお人形感覚で子供を捉える親もいますからね。家庭内カーストから抜け出す力が欲しいですね。
    まぁ私はもう底が見えてますが。

  4. hikihiki より:

    アクアさん訪問ありがとうございます。
    スケープゴート理論がありますが
    なかなか自分の経験としっくりこないので
    「生贄役」(そのまんま)と当ブログでは
    書いてます。水の例えも孫子からのパクリですが
    当ブログが暇つぶしにでもなったのなら幸いです。

  5. アクア より:

    リンクして良いですか?
    あと記事で紹介したいので、この記事にもリンクして良いですか?

  6. hikihiki より:

    アクアさんコメントありがとうございます。
    当ブログはリンクフリーなので
    転載も紹介もOKです。
    お役に立つかどうか分かりませんが。

  7. アクア より:

    どもです。ペコ(_ _)

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