攻撃の源流を上とした場合

自分はとても働いているのに年休はとらない。
家族そっちのけで仕事に打ち込んでいる。
サービス残業を頑張っているから当然他の人もそうだろうと思い込み。
その自分の価値観の泥沼に引きずり込もうと他人の足を掴み引っ張る
経営者側にはとても良い使い捨て企業戦士のことを社畜と呼ぶらしいのです。
社畜になる人はそうならざるを得ない方もいるでしょうが
その原因はやはり雇用側の人間にもあると思います。
社会構造がどうとか言うつもりはないのですが、このようなストレス
を溜め込みやすい状況にある方たちが増えると子供達が可愛そうになります。


子供は非力手ごろな生贄役
なぜ子供たちが可愛そうなのか、というのは
大人と比較しても地位・権力・腕力
どこをとっても非力である存在だからです。
自分の子供ならな一方的で理不尽な攻撃でも世間的には
『躾』の範疇にはいることもあり親(大人)は責められにくいうえに
あくまでも躾と思い込めば罪悪感はないし、隠匿も十分可能だからです。
だから大人が生み出す負の感情を最終的に受け取るのは子供となるのです。
一人の男性社員を例にとって説明します。
かなりおおざっぱですが意図は量れるかと思いますので。
攻撃は上から下に
ある職場の課長がイラついていた、理由は特にない。
もしかしたら昨晩妻に中年太りを指摘されたからか
思春期の娘に「汚い」と言われたからなのか、それとも道で
転んだからか、なんにせよイラついていた。
そのイラつきを精神衛生上のため発散させようと思い立ち
目だったミスもないのに係長を怒鳴りつけた。
怒鳴りつけられた係長ももちろん憤る。
「なぜ自分が怒鳴られればならない」
と思い到り、下の平社員である男性に難癖をつける。
係長の気分は晴れたが男性社員の気分は最悪だ。
気分が落ち込んだ男性社員は家に帰る。
いつもは弾む妻との会話も弾まずに逆に妻を傷つけること
となってしまう。
妻(母)はその虚しさからくる苛立ちを子供にぶつける。
食事中に余所見をしていたからでもなんでもいい、とにかく子供を
サンドバック代わりにするのだ。
母から躾でもない理不尽な言いがかりをつけられた子供はさらに
下の子に言いがかりをつけ苛める。
カースト上位の者から下の者へ攻撃は向かいますがその
カースト外の下にも横にも攻撃は向かうのです。
そして社会にすら出ていない本当の弱者である子供へ向かう。
もっと嫌なパターンとしては、攻撃を受けた子供が学校でさらに
弱いものへ攻撃を仕掛ける行為、「いじめ」です。
学校におけるいじめを促進しているのは「いじめは止めましょう」と
標榜している当の大人たちかもしれない。
けれどこの流れはまだ終わらない。
上から下に流れる攻撃を一身に受けたいじめられっ子は
母や弟や妹に攻撃をするかもしれない。
攻撃対象に人を選べない子は小動物を対象として殺して
しまうかもしれない。
防波堤の役割となる人たち
攻撃の連鎖をつきとめればきりがありませんが、なんとか
留まらせようとする方もいるでしょう。
会社内で起きた問題を家庭に持ち帰らない方。
子供に八つ当たりしない方。
親から八つ当たりされて苛立っても学校へはその思い
を持ち込まない生徒・学生など。
大人社会で生み出され、押し付けられた負の感情を
抵抗する術を持たない、持ったとしても社会通念上子供は
親に従うべきと強制・洗脳されている。
鬱積を解消するために低き者である子供をはけ口として利用する
のは止めるべきでしょう。