義務教育で金稼ぎをおしえろ

1万円が手元にあるとないとではできることの範囲が違う。
あたりまえだの蔵の前、と腹のそこでひきこもりである
私を笑っているかたもおられようがこれは事実。
そして教養がないとお金を稼ぐ手段をみつけられないのも事実。
金稼ぎを義務教育にとりいれろ
学校教育を修了し、社会に出てうまく金が稼げない者は
「教育がわるい」と憤慨した過去があるだろう。
しかし周囲の聖人君子※非難するときだけ
おまえが悪い、教育のせいにするな、と責める。
その自己の責任に押し付ける日本の風潮が問題だというのに気付かない。
立派な奴隷を御す奴隷のできあがりである。
同じ学校で教育を受けた者でも稼げる者とそうではない者は
なぜできる?とありきたりなつっこみを自分でいれてみると
その「差」ができるのは家庭教育の差であると身に染みて感じた。
生れおちた家庭環境による差といってもよい。
しかしいつまでも家庭がわるい~とは言ってられない。
だから親が教育環境を整え我が子によりよい教育をさせ教養を
身に付けさせるのだ。
だが問題が発生する家庭環境の差が違いすぎることだ。
金持ちの家庭は文化資本がたっぷりとある、対して貧乏人の
家庭はなにもない、あるのは夫婦仲の悪さや借金ぐらいだろう。
そのような差がいくらあったとしても大人になれば平等に
扱われる。
金持ちの子弟に生まれ環境に恵まれて、たっぷりと教養をみにつけ
親の七光りやコネをちょっとばかし使い、見かけ上は立派な社会人になった
者が貧乏からやっとこさ普通と呼べるくらいの生活水準を
手に入れた者に「まったく大人になっても自立できていないのか」
と言いはなち悦にひたるさまなんてそこかしこに見受けられる。
結局は金をもっていた者が有利なのだ。
生まれおちた環境に起因する教養の差を狭めようとしているのが教育であるのに
いまの日本では機能していない。非進学校の公立学校のていたらくは
ひどい。ではどうすればよいかというと金稼ぎの手法を具体的に
教えるしかない。学校をでて就職するという固定概念を壊すのだ。
しかしそれは行われないだろう。学校は「従業員」を量産するよう
できているからだ。

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