叫べーーーーー

月数万のお金も家にいれなかった駄目な元親父がいます。
離婚した今でも勝手に家に来て飲み食いし、簡易宿泊所代わりに
家を使っています。先日は借り入れをするため申請書を母に
書かせていました。離婚する前から夫の理不尽さを耐える
理解ある妻を演じていた母は泣きそうな顔をしながら
申請書をつくりあげていました。きっと悲劇のヒロインを演じられて
ハッピーなのでしょう。夫が起した事件のストレスを子供にぶつけ
てきた母です。成長して抵抗できる年齢になったのは運がよく幸福であります。
高校生のときバイトをして世帯年収120万ぐらいでした。
それからマイナスとして父が金をせびりるので
もっと低い年収となりますので、生きてこられたのは奇跡です。


小学生の頃はひどいループがありました。
「夫に理解ある」母が夫がおこす不祥事に
私に八つ当たり。次に酔っ払ってきた父が暴言して私を泣かし
逃げ場のない家の空気が悪くなったのに気分を害した姉が
私に八つ当たり。これで済めばよいのですが学校へいくと
恵まれた家庭に生まれて体格よく育てられたイジメっ子が私を
いじめ、給食の時間となると係りの者が私の給食を減らします。
「小さいおかず」のデザートなどは体格だけが立派な生徒が
他の細い子からとりあげるのです。先生は見てみぬふり。
私は先生からもクラスを統率するための「いけにえ役」とされていたので
助けを求めても逆に責められます。
どうしようもないので「散歩」と称して家からでて近所の海へ
行っても暴力団員の家―朝鮮人でありその地域の顔役と通じた暴力団員の家―
を見回っている下っ端チンピラがいるので安心できませんでした。
顔にライトを向けられたことも何度かあります。
結局心休まる場所というのが海からちょっと歩いた川にある岩場でした。
※この場所はつい最近思い出しました。記憶にふたがされていたようです。
「散歩」に行くときは夕闇が迫ってきてからなのでうずくまり
身動きをとらなければ付近を歩く人からは認知されることはありません。
父、母、姉、クラスのいじめっ子、同調するもの、先生、地域住民。
同じ日に以上の者たちから攻撃された日はものすごく憎悪が
湧き上がったものです。悪いことをしても成り上がってやる!
と思って自分に活をいれるため岩場に頭突きしたり自分に張り手を
したり乗り切ったものです。
昔のことを思い出すと汗がでてきて大変です。
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああsげじゃsgssggggggggggggggggggggggggg嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ叫べーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー差叫べーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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