お○ん○ん農家

小学生の頃。
お年玉の合計数万超えた、と友人に自慢された。

とうてい信じられるものではなかったが周囲では
万単位もらうのが普通であった。

私の親は両親ともに親戚づきあいが悪く、そのうえ
親戚たちもほとんどが貧乏だった。

父を育てた祖母は田舎の零細農家によくある子育て方針。

ほうったらかし。農家の子供は農業をするので
「元気に育つだけで」よいのだ。百姓仕事は日々の変化に
さとくなければ勤まらない。

根拠はしらなくとも「雨が降りそうだ」と体で覚えられればそれでよいのだ。

その経験を積ませるためとも捉えられるが、なんのことはない
ようは元気な馬鹿は放っておくに限るのだ。

問題を起こしたらひたすら謝ればよい。

田舎では子供が問題を起すより起した後の処置が大切なのだ。

しかし、祖母の見通しは甘く、父は農家の基本的な作業も
面倒くさがり身につかなかったようだ。

そして私をいっときの自己の快感・生物としての優越感のために
一個体のメスに孕ませた父は「愚鈍」のひと言で事たりる人間であった。

なぜ、あんな人間が子供をつくれる環境が整えられ、そして
許された時代に生まれてこなかったのかを恨む。

いや、時代があっていなくてもせめて中流層には生まれてきたかった。

所詮低能力者貧乏人から生まれた私ではうまく言い表されないが
心の蔵に突き刺さり染み込んで行ったとあるスレッドからの
書き込みでしめくくりたい。

なにも疑問を抱かない幸せな――頭でっかち
人間が大好きな幸せの定義云々のおきまりの定型句は省く――馬鹿以外には
理解できる直接的な一文だ。

貧乏人は子供つくるなよマジで・・・子どもがかわいそうだ

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