家庭環境によって自然に決まるコース_わき道があるのに気付かない

記事:大家族番組を視聴、東大を目指す長男 
http://hikihiki.seesaa.net/article/236402471.html
を読み返したところ説明不足な箇所が見受けられました。
小見出し3の
「いままでは通用したルートが閉ざされる」
文章内の「正規ルート」とは私が勝手に脳内で設定している考えで、
いわゆる良い学校に行き良い企業に就職する道筋であります。
金持ちも貧乏人もそうでない人も大抵がこのルートを目指す
ことを強制されます。我が子には良いステータスを持ってもらい
自分(親)に物質的な供給をして生活を守ってもらわなければ
ならない人生のシステム上しかたがないのかもしれません。
しかしそれ以外の道筋があってもよいと私は感じます。
なにしろ受験は圧倒的に有利に立っている者たちと圧倒的に不利な立場が
「平等」に戦わなければならないからです。
「受験は平等である」ドラゴン桜では似たような台詞がありました。
受験は誰にも与えられるチャンス…なるほど、だけどそれは受験を
点・区切りとして捉えた場合に限ります。
受験はその前とその後があります。
そう、合格に重要である準備段階の環境の良さは平等ではない。


■親や家庭で決まる資源量
貧困家庭に生まれ兄弟の面倒を見つつ働き、病弱な母の介護もして勉強を
続けている子もいるのです。その一方で教育の人生に与える影響度を
理解している富裕な親の元に生まれて環境にも恵まれた子は
ろくに勉強をしなくてもテストで満点をとり、若干名だけが受け
取れる給付型奨学金を片手間で貰ってしまう。
決して平等であることが正しいのではない。
けれど他所の家庭と比べ我が子に与えられる資源が少なすぎる
と理解しているのなら別の選択肢・道筋も考えてあげるべきだと
思うのです。
■一昔前の常識に捉われた親が忌避する職業選択
たとえば職人・商人として自営業主となる道です。
ドイツのように職人の看板をあげるなら規定の徒弟期間を終了しなければ
ならないなど制度上の拘束は日本はほどんとないです。
技術を駆使し商品を作り出し続ければ職人として認められます。
短期間に専門的な技術習得をできる専門学校もありますしね。
また、専門学校も経済的な理由で行かせられなくても商人(自営業主)と
して生きる道もあるのです。
視野が狭い親に選択肢を狭められる子が可愛そうでたまりません。
一昔前の常識を「現代」に持ち込む人たちは自分がそうであると
なかなか気付かないようです。
正もあれば奇もあるのはなんら不思議ではないのに。

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