うめぼしあったら海苔がない家庭

我が貧困家庭は別れた元夫にも
甲斐甲斐しくおにぎりを作る母がいるので
梅干の減りがはやい。もちろん梅干も貴重なため
おにぎり一個に贅沢に丸ごと一個をつかうことはなく、
果肉を半分にちぎって節約をする。
果肉がなくなった種もあまさずいただく。
果肉がとりきれていない梅干の種があればこそぎとり
味噌とあえて食べる。これが甘じょっぱくてよい。
少量でも小皿に盛ってちまちまと食べる。
いつもなら余計な洗いものを増やさないために
同一の皿におかずと米を乗せるが、梅味噌を食べるときはしない。
梅味噌用の小皿と米を盛ったお茶碗の食器計 2つだ。
なぜなら米とおかずを別々の食器にわけ、
ちまちまと食べていると「食べている」という
事実が私のなかで充実するからだ。
簡単にいうとちゃんとした一品…おかずを食した気になる。
これは意外に重要なことだ。
貧乏だからどうしても「量」はのぞめない。気分が大事なのだ。
それに梅味噌を食べ続けると味覚が満足―ばか―になり
当分食べ物はいいや、という心持ちになるのだ。
空腹をまぎらわせるには気分・舌が満足することが肝要だと思い知る。