最後に口を開いた方が勝ち喧嘩

小学校の頃に教室でよくみた口喧嘩。
生徒Aが「馬鹿」と発し、受けた生徒Bも「馬鹿馬鹿」と返す。
気分的に勝者となるのは最後に相手に向かって言い返した側である。
一方的に相手が根負けしたと身勝手な判断を下して悦に浸る側だ。
しかし、勝者と言えるのはあくまで小学生までであり、大人になって
からは相手にする側が馬鹿である。これは至極当然のこと。
けれど姉はちがった。真っ向勝負するのだ。たとえ三十路近く、
相手が犬であってもだ。ちなみにこの口喧嘩に名がついているか
わからないので「最後に口を開いた方が勝ち喧嘩」としておく。
姉はこの「最後に口を開いた方が勝ち喧嘩」が三度の飯より
好きだがブランド品よりは好きではない。
つねに、まるで小学生が不機嫌になっているような状態を保持
しているのでこの喧嘩をするのは簡単である。いつも発端と
なるのは「ゴミ袋がなくなったのなら補充して」「汚れたふきんは洗って」
などの生活上において些細なものである。姉はゴミ袋がないのなら
テーブルの上に投げっぱなしにするし、汚れたふきんはそのままに
しておく人間だが何も文句をいわないでおくと「当然」と思うたちなので
定期的に注意をしなければならないのだ。
姉は当然のこととして「うるさい」と喚く。
それに呼応して東京からつれて来た犬もやかましいほどに吼える。
私が「今度から注意してよ」「はいはい」などと声を発すると
反射のようにまた、「うるさ~い」と音量を上げて対抗する。
この貧乏人特有であろう教養のなさを露呈する口喧嘩のまねごとを
終了させるには私が姉の奇声を聞いてなにも返さず無言に徹しなければいけない。
無言を保っていると、不機嫌な姉の矛先は自分が躾けた犬にまで及んだ。
この犬も飼い主である姉とそっくりであり、「最後に口を開いた方が勝ち喧嘩」が大好きだ。
姉がPCモニタをみながら吼える犬に対し普通の音量で「うるさい」と言う。
犬が応えるように抑えたように「ワッ」と小さく吼える。
また、姉が「うるさい」と発すれば犬も同じ程度の音量で吼える。
笑える。呆れたが笑える。姉の性悪な性格を犬も受け継いでしまったのだ。
東京でも似たような言い合いをしてきたのだから犬が真似したのだろう。
勝負の結末は姉が実力行使をして終わる。犬のゲージを叩いて怯ませて
「うるさいていってんだよこの糞犬」と叫びながら追い詰める。
犬は身をすくませてびくついているのだが、この犬も犬だ。
ある程度姉の怒りがおさまった折を見てまるで別件のことですよ~
とでも言いたげにさりげなく「わふッ」と小さく吼える。
ご主人様に対しても些細な反抗だ。
気がついても気がつかないふりをすればよいのに姉は
小さな声も拾ってしまう。こうなればまた人間と犬との
「最後に口を開いた方が勝ち喧嘩」が繰り返される。
■実験
常時発狂できる特技を持つ姉には独壇場となる
「最後に口を開いた方が勝ち喧嘩」。
姉はどんな言葉も拾うのでやっかいであった。
小学生の頃の口喧嘩の時の例。
姉が私に注意され不機嫌になり口喧嘩が発生。
ここで私が「あ」と発すると。
姉が「あ~あのどかわいた~」と抵抗。
私が普通に「テレビのチャンネルかえるよ~」と日常会話を
しても姉は「はぁ~あ~~」とため息をわざとらしくつく。
姉のなかでは最後に言葉を発するか、反応をして相手がなんら返さないで
いる状況をつくりだすのが「勝利」なのだ。
なんのことはない。小学生がよくやる「馬鹿と言ったほうが馬鹿喧嘩」で
最後に絶対に「馬鹿」と言わなければ気がすまない性質なだけだ。
では、私が最後に「はい、最後にど~ぞ」と発した場合はどうでるのか?
姉は相手を言い負かしたでもなく「相手が根負けした」と都合よく判断し
「勝利した」と思い込み、気を落ち着かせてようやく静まるのだ。
私が最後の最後、主導権を保ったまま姉に勝利を「譲る」状況に
なったとき、どう反応するのか興味深い。
確信に至るほどに予想がついたが好機がめぐってきたので決行してみた。
結果、大ボリュームで騒いで喚いて一方的に終わらす。である。
面白がって「さむぃ」とか「うんこしてぇ」と発している
間にも姉はPCモニタをみながら「うるさい」と返していた。
返していないふうを装っているが対抗しているのだ。
小学生かっ!っ突っ込みたいけれど我慢してつづける。
このままでは平行線の一途を辿るだろうという按配で
あの一言「はい、最後にど~ぞ」と手のひらを姉に向けて
場を離れる。すると「うるせいってってんだだよぉ!」と
小汚いわめきが聞こえ物が壁にぶつかる音がした。
手が届く範囲のものを衝動的になげたのだろう。
それとともに、姉の癇が伝染したのか犬が狂ったように吠えはじめる。
実験終了。
当記事を読まれた人のなかには「これだから貧乏人は教養もくそもねぇな」
と、辟易する人もいるのだろう。だが、「この程度」の騒ぎいくらでもあるのだ。
貧乏人の脈々と受け継がれてきた負の鎖は驚くほど分厚く頑丈でそれでいて冷たいのだ。