aとb 洗濯機の置いてある浴室で覚えた単語

日曜なので朝食と昼食を食べず、いまようやくビスケットを舐め食べる。
ふとしたときに、記憶の奥底にしまい込んでいた
嫌な思い出がよみがえるときがある。
きっかけは思い出にまつわる事象や道具だったりする。
とても些細なものだ。最近では「aとb」にまつわる思い出を
意識の表層に浮かびあげてしまった。原因はわかりきっている。
母だ。
母は他の信者と同じように毎日くそ有難い呪文を唱え続けている。
近頃はもっと師の教えに近づこうとしているのか
師のお言葉を書いた紙を居間に貼り付けている。
そこでふと思い出してしまった。
母はもともと潔癖症であり、壁に紙や冷蔵庫に紙・マグネット板を貼り付ける
行為がとても嫌いであった。
私が中学3年生時。毎日のように離婚離婚と騒いでいた家庭。
私はとても勉強ができなかった。英語は目も当てられないほどひどく、
aとbを間違えるほどだ。おまけに英語の教師にも目をつけられていた。
以前に数回記事に記した教師の伝家の宝刀を授けてくれた人間だ。
集団をまとめるためには1人を犠牲にすればすむ…という教えを。
私は大人しく細身で低身長、貧乏であり親・親戚もたいして力をもっていない
ので叩かれ役を割り当てられた。英語の成績も低いので教師にとっては
気が楽だったのかもしれない。「こいつは馬鹿だから叩かれもしかたがない」と。
私より成績も素行も悪い生徒もいたが私が選ばれた。
それは当然ともいえる。成績が低くとも各々それなりに体格が恵まれていたり
親が暴力団団体員である生徒はちょっかいをだすとやっかいだ。
逆に素行の悪い生徒と親しげにすると他教師からのウケがよいのだ。
ベテランで学年主任をつとめていた本人から聞いたので間違いはないだろう。
高校受験を控え、私もそれなりにあせっていた。家で勉強する安定性はないし、
かといって図書館の勉強室は受験期なので連日満室。そこで見出したのは
夜間でも照明がある近くの小学校中庭とお風呂場だ。
小学校の中庭はベンチを机代わりにしてそれなりに勉強ができる。
風呂場ではプリントを持ちこみ暗記物についやした。
手にもつのも浴槽ふたに立てかけるのも不便である。
そこで私はプリントをラップで保護し、浴室の壁に貼り付けた。
参考書なんてないので自分で英単語を粗末なわら半紙に書き写したものを
使用した。見えづらかったが肩まですっぽり浸かって暗記の勉強ができるのだ。
とてもよい。しかし、母が許さなかった。
ある日いつものように母と父の夫婦喧嘩の喧騒・とばっちりの八つ当たり
不機嫌な姉の叫び声をさけ風呂に入る。さて、つかの間のプライベート空間で
勉強をしようと浴室の壁を見やると貼っておいたプリントがない。
直感、母がしたのだ。母はもうすでに精神的におかしかったので
先日ゆるした行為が今日はだめ、明日黒いがいまは白。
不安定な情緒が常だった。
ここでムキになって新しいプリントを用意しようものなら逆効果。
それに、そろそろ母に責められた父が逆切れして
外出する頃合。外出する間際に子供に暴言を浴びせるのはいつものことだが
それ以上の行動を起させる要因はつくりたくない。
けれどaとbの判別はつくようになったし数個だけだが単語も覚えた。
おもしろいことに今でも覚えているのが「house」だ。
なにも「家」に思い入れがあったわけでもない。覚える時に
ほう…ず、ほう…ず、と何回も音読していたからである。
これが家庭やふるさとの意味合いも持つ「home」であったのなら
思い出としてさまになっていたのに。ズレている。
当時の自己を深読みすれば勉強ができる場所として「家」が
欲しかったのかなと思う。だからこそ無意識に数十個ある単語から
houseだけをしつこく何回も音読・暗誦したのかもしれない。
いまでも浴室の壁に貼り付けたプリントに書かれていた
単語で唯一覚えているのは house だけである。