キンジしていない引き篭もりの話は参考になりにくい

自称元ひきこもりの方がなにかと脱出した過程や
稼ぐ手法を披露しているブログが世にでまわっている。
しかし、私の理解力が低いのかまるで参考にならない。
「自宅で株で稼いでいます」「プログラミングで小遣いを得ています」
じゃぁどのように稼ぐまでに至ったのか具体的に聞くと
「大学時代にバイトして資金を貯めました」
「以前勤めていた会社から得たスキルがあるので、
元上司から仕事をまわしてもらっています」など一般的な現引き篭もりでは
真似できない事実を知ることができる。
なんだよそれって感じるだろう。この「違和感」とも「差」とも
形容しがたい何かが立ちはだかっている。ようやく搾り出して納得いく
言葉が「近似値」だ。
■有名大卒の元引き篭もりの話はまるで
活発に行動している元引き篭もりや元ニートは有名大学卒が多い。
なぜかNPOを立ち上げたり起業していたりするのも珍しくない。
私のような何のとりえもない引き篭もりには希望の星に見えるだろうと
お思いだろうがそうではない。きっと他の引き篭もりも思っているはず。
うさんくさい、と。このうさんくささの原因は近似していないからだと
私は結論づけた。
■過程による機会の差
この近似していない点はどこかと情報発信の場として開設している
ブログを舐めまわすように読み込んだ。そうしていると気づく。
引き篭もりでも貧困状態から人生を渡ってきて引き篭もりやニートに
なったパターンと富裕層から引き篭もり・ニートになった人では
まったくとりまく環境が違うという点だ。
あたりまえだが重要だ。
親が資産家で大学にも「強制的に」行かされ、サークルもバイトも
精力的にこなして結果ひきこもりに陥った人。
親が貧乏で大学にも行けず、バイトをして親に搾取されつつ不遇な
目に遭い続け結果ひきこもりになった人。
この2パターンでは蓄積できるスキルの量・可能性の幅が異なるのは明白だからだ。
冒頭に述べた株で儲けている元引き篭もりの話が参考になるのは親が
資産家で大学に進学できた引き篭もりである。貯金もできず結果スキルも蓄積する
機会がなかった貧乏の引き篭もりではない。つまり高学歴ヒキにとって
参考になる話が低学歴ヒキにとってはまったく参考にならない。なぜなら
引き篭もりに至るまでの過程が近似していないからだ。
■元がつくだけでステータスとなるワード「引き篭もり」
元引き篭もり・ニートのブログを読んで違和感をおぼえたら
貴方とその元引き篭もりは近似していないと可能性が高い。
注意して欲しいのは叙述トリックじみたセルフブランディングをしている
ブログがわんさかあるということだ。事実だが読み手に違った
印象を与える手法なんてものは知識があれば仕込めるのだから。
私がとある元ニートのブログを読んだとき一見するとブログ運営者は
何もない状態から脱出したように印象を受けた。だが事実だけを抽出して
常識にあてはめると異なる印象を受けた。
そのブログから読み取れたことは以下のとおり。

親に大学(有名私立大学)に強制的に行かされた。
大学は無事卒業できた。
サークル活動はしていた。
高校時代は野球部。
会社に数年勤めていた。

常識的に考えてあてはめれば貧困貧乏とはいえない家庭環境だ。
強制的に大学に行かされたと書いてあったわりにプロフィールでは
有名私立大学を卒業と書いてある。また、奨学金を借りたとは一言もなかった。
読み取れるのは親は教育に理解のある人間かつ、
大学が重要と認識できる教養があり、無借金で子供を大学に
進学させられる経済力を持っている。すくなくとも中流家庭より上だろう。
高校時代は野球部と運動系。つまり学費・生活費をバイトで賄う苦学生ではない。
大学時代から引き篭もりと釈明しているわりにサークル活動が楽しいと
何回も記事にしている。無事大学を卒業――引き篭もりであったとしても
大学を卒業できる程度には人付き合いが受容できる引き篭もりということだ。
自記を出版しているほどの元引き篭もり・ニートが存在するが事実を
抽出・つなぎ合わせてみると引き篭もりとは決して呼べない人物だったりする。
社会的弱者をステータスにしたい自称元引き篭もり・ニートの
セルフブランディング・ストーリーブランディングに
よって自己と相手との近似値を故意に計りづらくされている。
叙述トリックの極端な例。

今日、事故に遭ってしまった。
大型トラックの運転手に交差点で轢かれてしまったのだ。
しかし、靴にタイヤの跡が残っただけなので安心した。

大型トラックに轢かれたのではなく自転車に乗っていた
トラックの運転手に轢かれたということ