見てみなさい、禿山のおサルが大将をきどっている

起業コンサルタントが提唱する人生のたな卸しとやらがあるが、
するたびに胃が痛くなる。
生活保護を受け、無事にアルバイトや金策もせず高校を卒業できた
例がいくつもあるらしい。ということは、私の母もちゃんと生活保護を
受けてさえいれば私の高校生活は数段以上に楽になっていたはずである。
貧困層の実態を理解できると勘違いして執拗に生活保護を叩くのは
中流層と相場が決まっている。だから生活保護は日本における禁忌の域に
到達してしまっているのだろう。
よく考えると私の家庭は特殊なケースであった。
母子家庭=貧乏ではない。母子家庭でも
母がキャリアウーマンで裕福な家庭。
別れた夫が生活費を補助、母も働いて裕福な家庭。
母が働かなくても親族が富裕層の家系で補助を受けていられる家庭。
などなど多様だ。
なのに私の場合は悪いほうの多様のなかに入ってしまっていた。
母は病弱で働けず、さらに父親がお金を求めて家に入り浸っている家庭だ。
借金とりの対応は母か私。父・母の八つ当たりは家庭で一番弱い私に向けられる。
いじめで泣きながら帰ってきたときも家庭が荒れているのは堪えた。
一日中薄暗いアパートの奥。
しょっちゅう排泄物処理のバキュームカーがくるので
なんとも言えない臭いが脳にこびり付いた。
おまけに父が家に出入りしているのを周知されてしまっている。
近所のおばちゃんの格好のネタでなかば監視状態。
親を知らないみなし子の方よりはこれ以上ないほど恵まれてはいる。
しかし、辛いのだ。はっきり言うと馬鹿な親なら居ない方がマシとの
思考に陥る。贅沢な望みであるのは承知だが。
男児が貧困家庭で育つというのは稼ぎ手にならなければ
家庭というコミュニティから排除の対象となり、圧迫を受ける。
金をもってこないと家族でも対応が変わる
私は一応苦学生の身分で元父が経済的に困窮しているときには
お金を工面した。あまり大きい額ではないが高校三年間で百万ほどを
母の頼みで貸した。もちろん返して貰ってはいない。
腰を壊して精神的にまいって帰郷し、ほそぼそと貯金で生活をしていた
ときにもひどい言われようだった。
衝撃的だったのは元父が家にまだ居座っていたことだ。
そして金がいまだ「欲しい欲しい」と騒ぎたて、不機嫌なときには
ようやく持てた私の部屋の扉の前で「誰かさんははたらかねぇでぇっ」
言い放つ。畑を耕すこともままならない田舎のじめっとした無教養な
人間の陰険な雰囲気がつきささった。そのときは精神的に落ち込み、
外にでたら誰もが敵。刺される。ぐらいにまいっていたときだ。
絶妙なタイミングで言い放つ。
母も宗教活動にのめりこみそれなりの地位になったようだ。
ただ単に、労働ばかり強いられるようになっただけだなのだが。
また、母はきまぐれに母らしいことをしようとした。
どこかのTV番組の受け売りなのか引き篭もった私を
外にだそうと色々な手を使ってくるのだ。
最悪なのは「何時まで帰ってくるな」とか、洗濯物の取り込みである。
なんで洗濯物の取り込みが辛いかというと、外に出て人目に映るのが怖いのだ。
最悪なことに、洗濯物が干してあるのはすぐはす向かいに住宅があり、
取り込む時間が同じだと挨拶をしなければ
ならないこと。母は引き篭もり対策として上出来と思い込み内心ドヤッと
していただろうが、無教養な馬鹿親の浅知恵でしかない。
悔やむのはそれ自体を反省する脳の機能が欠如している点だ。
母は悪くない。脳が悪い。
また、「何時まで帰ってくるな」令も公布施行された。
ここまで無教養とは思わず、落胆したのはこのときだ。
ああ、母は子育てに間違った、私を引き篭もりと認めたくはないのだなと
諦めにも似たすがすがしい気持ちになった。
姉はさらにひどくなった。
顔を合わせるたびに面白半分にニートニートと叫ぶ。
いま一度、確認しておく。
姉は私と比較すると家庭になんら貢献していない。
一番お金に困窮していて、父が往来で借金取りに土下座までする
くらいの切羽詰った状況のときに金を工面したのは私だ。
部活・遊び・やりたいこともせずに陰険な上司に媚びへつらい
不良系の先輩にまじって働いて、自分では使わず家計の足しにしてきたのは
私だ。昔の時点ではそうだが、いまでは違うから姉の暴言も一理あるかも
しれないと黙っていた。しかし、そうではなかった。
姉は20万近く稼いでいながらも母には1~2万円ほどしか渡していなかった。
さらにそれが手札となり、家事も相変わらず一切せずに飯を食らっていた。
最悪なのは突然に犬を購入し馬鹿犬に成長させ、いまでも私と母に
押し付けているのだ。
手を噛まれること数度。飛び掛ってきた数は数え切れないほど。
それでも餌や水やり排泄物処理をするのは母と私。
躾をしようとすると動部愛誤家である姉は
「そんなことすんじぇあねぇよぉ」暴言を浴びせる。
私ができることは子犬に対し「子は親(飼い主)を選べないんだよ」と、
慰めの一言をかけるしかできなかったのである。
いままで家に入金した金銭の合計でも姉は私より家に貢献していない。
金銭外の事柄でも悪影響しか与えていないのに絶妙なポジションを
とっているのは賞賛できる。自分以外の家族がやせ細りっても
自分だけ東京の高級レストランで私が知らない料理を食べたと
自慢する。ブランドバックを買いあさり、彼氏とラジャーランド巡り。
泣く子は餅をもう一つもらえる。
確かに。
昔の姉
母や父が親族が馬鹿でもキョウダイが手をとりあって助けていければ
良いのだろうが、うまくいかないのが現実だ。
いまも自分だけ良いポジションで人生を謳歌している姉にはずいぶんと
苦しめられた。母が肺炎で床にふせっているときにも泣き喚き、
障子をなおす金もないときにガラスを蹴破る。家事もなかなかせず、
私が泣きながら茶碗洗いをしていた記憶ばかりだ。泣いた理由がなぜか
思い出せないが、いつものことなので気にしない。
借金とりがアパートの周りを張っているときにも姉は傍若無人であった。
なんで貧乏なんだ私は犠牲者だ!との勢いからかラジカセから大音量で
流しつづけていた。家事もほどんどせずに元父からの暴言や母の八つ当たりも
なかなか受けない絶妙な立場であるのに。理解できない。
母は強く注意できないし、私がすればキチガイ状態になる。
もちろん狭く薄暗いジメジメとした玄関へ向かい、不機嫌な顔をした
借金取りのお兄さんに対応をするのは中学生にしては貧弱な私である。
相手も商売なので仕方がない。母がいても寝込んで
「どうして私はあんな男に一度でも惹かれてしまったのだろう」と、
悲劇のヒロイン状態!!ヘブン!!!!なときには対応にでる。
向こうさんも「またお前か」という顔をするが中学坊主の私にどうしろと
言うのだ。電話の着信音・ドアのノック音・苗字を言われるのに恐怖心を
抱く種を育んだ時期でもある。
本来ならば助けあうはずの姉に苦しまされる
普通の人間は怒りを覚えて喚き続けられるのはよくて数十分だろう。
このタガがはずれていくらでも喚き叫びつづけられるのがヤクザとしての
才能だとどこかの書籍で読んだが姉にはその適性がある。
ずっと喚いていられるのだ。はっきり言って姉に勝るキチガイはなかなか
存在しないだろう。稀有なサンプルとして英国博物館に寄贈しなければ
世の不思議を解明しようとする研究者の方々のみならず善良な国民の方からも
後ろ指をさされ石を投げられるほどの大罪であるとは理解している。
今でさえ家計補助の面でも劣っており、家事もせず、犬の世話や
弁当づくりを押し付ける姉。それなのに私に対して「働けっ」と言い放つ。
その心理は元父と同じであると十分に理解している。
元父の思考はこうだ。
私が正社員となり今より稼ぐ→母(家)に預ける→元父の財布に入る。
巡りめぐって元父の財布が潤うからだ。私が働かずひきこもっていたときに
「はたらかねぇでぇ」暴言を吐いていたのは金策が尽きて、以前頼っていた
私が機能しておらず、その憤りを私にぶつけてきたのだ。理不尽だ。
姉の思考過程も同等である。
姉は購入した食料を自分でしか消費しない。
冷蔵庫に何もなく、味噌汁とお米しかないと分かると
コンビニへ元父の車で向かい、498円もする弁当を買う。
そして食卓で堂々と食すのだ。けれど不機嫌なのだ。
なぜなら姉の財布から食費として出費されたからだ。
姉は食料の供給を母(家)に頼っているので一銭も
だしてはいない。
上記の事柄からいつも「貧乏っ貧乏っ」と喚いて
食卓にあがる献立に不満を漏らす。漏らすどころではない。
だからこそ以下の流れを求めている。
私が働いて入金→母(家)→食料を増やし、豪華になる→姉にも食料が行き渡る
もう疲れた。