衆愚「でも、貧乏でも~」ぼく「貧乏人が資本主義の日本で不利な状況はかわらない」衆愚「あ、そう、誌ね」

なぜか問題がおきる家。
内部発生起因のみならず外部から厄介ごとが舞い込む。
元父は勤める先々が倒産するし、覗き事件もあったり、
ご近所トラブルで車・私の自転車のタイヤをパンクさせられるし、
カネがないというのに犬を飼ってくる姉がいたり。
で、お犬さまに餌やり・うんこ処理してやると自分が上だと
勘違いして吠えてくるし。いろいろありすぎた。
通常でも暴君である姉に手をつけられなくなった母は
なにかと私に雑用を押し付ける。と思ったら事故に遭い、
一時歩行不能になったり。
結構な頻度でそれなりの問題が起こる。
貧困家庭だからか
中流家庭より貧困家庭のほうがより問題が発生しやすく、
長期やしやすい。これは絶対的法則だ。
なぜならカネがないから。効率的な解決手段であるカネの
保有率がすくないうえに敵を排除し社会的地位を固める能力が
ないからこそ貧困に陥っているからだ。
それは分かる。理解できる。
よく勘違いする人間がいる。
貧乏でも頑張っている人を理解不能な理論で叩く人間。
苦学生だった人ならば絶対に聞いたであろう
「でも、貧乏でも有名大学に進学して官僚になった人もいるよ~」
アホか。なんで圧倒的少数のサンプルを提示するのか。
確かにいるだろう。なぐさめにもならない少数例を
もちだして「だから貧乏をいいわけにしちゃだめ」なんていうのだろう。
しかし残念ながら貧乏人がこの資本主義の世の中で圧倒的不利な立ち場に
置かれている事実は変わらない。蓄銭叙位令の如くカネを持つ人間は有利。
どのような理屈・寓話・諺その他もろもろを持ち出してもこれは絶対に
変わらない。日本は資本主義の国だからだ。
きっと「そっち側」のインテリな方々は日本は社会主義国家だ~などと
言いたげだろうけどお呼びではない。
同じ理屈を用いるならば
「貧乏人でも官僚になれたのだがら中流家庭出身の貴方は事務次官や
幹事長クラスにはなれますね」とも言える。
これが普通なのかも
カネもなく、能力もなく頼る人間も良質な文化資本を受け継いでいない
貧困家庭にとっては普通なのかもしれない。
問題が次々と発生するのが。些細な事が大事になるのが貧困家庭である。
友人と遊びにいきたいからとお金をせがんだらひっぱたかれ、
怒られ、父・母はもちろんのこと親の攻撃対象にならないように調子を
あわせるキョウダイにも罵詈雑言を吐かれるなんてことはザラだ。
「お金をせびった」という大義名分を得た親から何かと家事・雑用を
押し付けられ、事ある度に蒸し返させられる。
貧乏人あるあるすぎる。
つまるところお金がありさえすれば解決できる問題が
思っているほど多いということ。
幼少のころに食料を奪い合うように生きてきた方ならば
すんなりと理解できるだろうが、そうではない方は知識を得て
認識するしかないのだろう。
結局は金
そう、結局はお金が欲しいということだ。
金持ち「お金があっても幸せになれない」
ぼく「お金があれば幸せになれる人間なのでお金ください」
金持ち「やるわけねーだろwただ人生悟った印象アピだよw勝ち組としてなw」
ぼく「…」